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自動車業界トピックス

〈トップ対談〉

全国工業高等学校長協会 理事長(全国自動車教育研究会会長、東京都立六郷工科高等学校統括校長)佐々木 哲氏×日刊自動車新聞社 社長 髙橋 賢治

企業が高校生預かり一緒に教育

工業高校生は〝伸びしろ”が大きい

■ 外国人を受け入れ戦力に育成を

 ものづくりや自動車整備などの分野で次代の人材育成を担う工業高校。少子化により人材確保が難しくなっている企業にとって、工業高校に対する期待は大きい。その一方で、大学進学率の上昇もあり、学生数は漸減傾向にある。今年5月に全国工業高等学校長会の理事長に就任した佐々木哲氏は「海外からの人材をどう受け入れ、育てていくか」を課題の一つとして挙げる。同時に工業高校に入学してくる生徒は「伸びしろ」があり、それを伸ばすのが教師としたうえで、ものづくりの良さ、楽しさを生徒に知ってもらうためにも「デュアルシステム」などの職場体験を含め企業と連携して人を育てていくことが重要と語る。

全国工業高等学校長協会 佐々木 哲 理事長

 

◆在留資格の長期化は企業の力に

―協会は来年で100周年となります
「来年5月20日に100周年を迎えます。先人の残した足跡をさらにこの段階で、どういうふうに紡いでいくのか。そのためには日本の経済繁栄を考えると、ここで新たな機軸を打ち出して、人材育成施策として世に問う必要があると思います」

―協会のトップとして重点的に取り組んでいくことは
「私が最初に総会の時にお話ししたのは、今までの事業を引き継いでやることはもちろん大事ですが、新しい機軸として考えていかなければならないのは、労働力をどのよう確保していくかということでした。海外からの人材を、どのように受け入れて育てていくのかが、将来的に日本のものづくりに大きく影響を与えていくと思います。今、技能実習制度があります。政府がやり方を変えて、考えていかなければいけないと動いていると思いますが、そういう意味では、私がお話をしているのは、工業高校で外国人を入学させて育てることはできないかということです」
「在留資格の部分も、今は大学を卒業していれば在留資格を得られるが、日本の工業高校を卒業して、日本の実習生活に困らないレベルの日本語力を習得して、なおかつ工業高校でしっかりとした技術・技能を身に付けて就職したら、在留資格を、例えば10年くらいのスパンで得られるという制度ができれば、企業にとってものすごい力になると思います」

―専門用語もあり言葉の壁が課題という話も聞きます。それも含めて基礎教育を高校でやってくれれば、企業にとってもメリットはあります
「全国で工業高校だけでも531校あります。特に地方の場合には、人口減少で困っています。空き教室を利用して、外国人を受け入れて育てれば、将来的には十分、戦力になると思うし、地方創生にもつながると思います」

◆外国人の入学で日本人生徒にやる気

―法的な整備も必要です
「在留資格の問題があります。ですから、日本の工業高校に入ってきちんと技術、技能、日本語の能力を身に付けて、卒業して地元の企業に勤めるということがはっきりしている生徒については、在留資格を国として与えていただければ、とても良いと思います。日本の工業高校を卒業して、就職した生徒については、最低でも10年の在留資格を得られるように新しい制度を考えてもらえれば、十分、ものづくりの人材を増やしていける可能性があると考えます」
「六郷工科ではすでに今年の4月に始めましたが、外国人の選抜をして、入学してもらっています。他の学校の自動車科にあたるオートモビル工学科にも入ってきました。彼らは意欲があって、一生懸命に学ぶ姿勢がすごい。それに周りの生徒が感化される。外国人が入ることによって周りの日本人の生徒も『自分もやらねば』と思うようになりました。影響はかなり大きく出てきています」

―留学生として入学するのですか
「それに近い形ですが、今の段階では外国から東京に来て親子で暮らしていて、その子弟が受験するという形です。一般の日本人の選抜とは別に、在京外国人選抜という枠を作ってやっています。一番人気はオートモビル工学科。将来の夢は日本の自動車会社に就職して、将来的には世界で活躍するエンジニアになりたいという生徒もいます。そういう子が多いです」
「ネパールから来ている人が多い。ネパールの人は英語を普通に話すので、彼らは自分の国でトヨタ、日産の車が走っている。壊れない、とても立派な車ということで、ものすごく良いイメージを持っています。どうせなら日本の工業高校で自動車を学んで、一流の技術者になりたいと思っている。日本人の子どもと全然違います。だから入学してもらいたい。夢を持っています。学校に入って学ぶことによって、自分は幸せになれると確信しています。ここが、日本人の子どもたちと違う。日本人の子どもは、どちらかというと大学に入っても幸せになれるかどうかわからない、就職できるかどうかわからない。不安を抱えながら生きている。借りた奨学金を返せるのかなどと。ところが、東南アジアから入ってきた子はみんな夢を持っている。学校に行くことによって必ず自分は幸せになれると信じている。だから一生懸命、勉強しているのです」

日刊自動車新聞社 髙橋 賢治 社長

■額に汗してものをつくる

―大学への進学が増える一方で、工業高校をはじめ実業高校の良さが十分に理解されていない面もあるように見えます
「我々の小さいころは理科の解剖がありました。それでメスを使うことに興味を持ち、漫画の『ブラックジャック』を読んでかっこいいと思い医者に憧れた仲間もいました。今は興味の対象がゲームになりました。だからITに進もう、ユーチューバーになりたいという子どもがかなりいると思います。それはそれでとても良いことだと思いますが、私が目指している『額に汗してものをつくる』というところとはちょっと違う部分なんです」
「ある生徒ですが、最初は工業高校に行きたいと言って入学したわけではありません。自分の学力で入学可能な学校を選んだら、たまたま工業高校になっただけなのです。だから、入学当初は『学校になんか行きたくない』などとやる気がなく大変でした。しかし、今は学ぶことを楽しんでいます。工業高校の先生はすごいと思います。やはりものづくりが好きだから『こういうことをやってみないか。これはこうなんだぞ』と実演したり、企業に連れて行ったりして生徒を導きます。そうすると、生徒は変わってくるのです」

―ものづくりは成果がわかりやすい
「そうです。小学生の時には、指先が器用かどうかを問われる経験がありません。うちの先生は見て褒めます。『才能がある。その回し方はすごい』と。生徒が自分に才能やセンスがあると感じられれば、その方面で頑張ってみようと思うわけです。それは、学校でやる読み書きとは違い、自分に備わっている“天性”としてあるものです。それを磨くために『もう少しこの数学のこの計算ができたらもっとうまくいくよ』とアドバイスすると、頑張るのです」
「中学生の頃は、計算問題を解いたり、英語を学んでも、何のために勉強しているのかがわかりません。しかし、工業高校に入ると『自分にはセンスがあるのだ。いいものを作った』と先生に言われて、実際に自分が削って作った“いいもの”が目の前にあるわけです。これを削り出すのに『今度は三角関数を理解すれば自分で削れる』と思うようになるのです。そうすれば必死に勉強します。三角関数を解くのに分数がわからなければ、自ら分数を教わりに来るようになります。そして遅れたところを取り戻して、資格を取って就職していきます。入ってきた生徒には相当、伸びしろがあります。それは先生方によって支えられているのです。ぜひ、工業高校の良さを、普通高校を志向する保護者の方にもっと知っていただきたい」

―カリキュラムの面では企業での実習を職業訓練として行う『デュアルシステム』が工業高校で広がりつつあります
「デュアルシステムは、高校在学中から長期に就業訓練しながらそのまま就職してもらうという取り組みです。六郷工科では順調に進んでいます。一度、全国でデュアルシステムの流れが加速した時期が十数年前にありました。しかし、どこも今はしぼんでしまった。ただ、また問い合わせが全国から来るようになりました。いろいろな県で、またデュアルシステムをやりたいという動きが出てきています。そういう意味では非常に期待できます」

■「デュアルシステム」に期待

―デュアルシステムは、実際には延べどれくらいの期間のカリキュラムとなるのですか
「日数でいうと、だいたい1年生では企業見学とインターンシップがあって、2年生から長期就業訓練が2回あります。1カ月が2回。3年生も1カ月が2回あるので合計で4カ月になります。4カ月プラス1年次の企業見学、インターンシップを合わせると5、6カ月になります。同じ企業に行く生徒もいますが、少数です。我々としてはいろいろと経験してもらいたいので5社、6社、7社、8社といろいろな企業に行って、最終的にその中か自分が就職したい企業を1社に絞り込んでもらいます」
前に一度、盛り上がってしぼんだ理由は
「企業と連携して生徒を教育していくシステムなので、指導者の考え方がものすごく重要になります。あとは地の利です。指導者が企業のことを十分、知っているかどうかが問われてきます。生徒の性格や、生徒の言動・行動様式を先生方が十分に把握していて、それを企業の経営者や技術者と『実はこういう生徒なんです』とやりとりしながら、徐々に企業に馴染ませていくというのが、表向きではわからないことなんです。そういう非常に地味な作業があって、そこを発足当時は誰も知らなかったのです」

◆厳しさも併せ持って企業とつきあい

―企業が高校生を預かって一緒に教育をするというふうに考えれば、発想が違ってくるのでしょうか
「全然違ってくると思います。例えば『御社で体験したいという生徒がいますが、まだ原石です。しかし、一緒に磨いていきませんか。そこにはいろいろな壁があるとは思います。また、最終的には御社を選ぶかどうかはわかりませんが、一緒にどうですか』と言ったときに『やってみましょう』という企業がだいたい協定を結んでくれます。ですから、どこの企業でも良いわけではありません。あとは実習に行かせたところが雑用しかさせなかったり、あるいは安い労働力としか見ていない企業については、こちらの方から『やりません』とお断りすることにしています。そういう厳しさも併せ持ち、企業とのお付き合いをさせていただくことになります」
「デュアルシステムの長期就業訓練の実習制度は、学校の教員と企業の社長、従業員の方々と生徒、保護者の共同作業なのです。誰が抜けても駄目なのです。当校のデュアルシステムは入学した場合、徹底して理解してもらえるよう4、5月に3者面談を十分に行います。そして協力してもらいます。当然、企業の人たちは当校を理解して参画しており、十分、知ってもらっている話です。そういう関係があるからこそ、うまくいきます。学校を中心に、こういう形を全国に作っていけば良いのです」

―ものづくりの現場は人手の確保に苦労しています
「中・高生に本当の意味での体験、そして働くことを前提として安全面を考慮したうえできちんと働いてもらう経験をしてもらわないと、みんな“虚業”に走ってしまうでしょう。額に汗して働いて、自分で作ったもので満足感を得るという活動の数を増やしていく必要があるのではないでしょうか」

―工業高校で人気のある学科は
「私が知っている限り、東京では電気科が定員割れになりがちです。目に見えないものを扱うので理解しにくいということがあると思います。機械はつぶしがきくのでそこそこは充足します。形が見えて、機構がはっきりしているためです。情報系は人気が出てきています。工業高校の場合、ネットワークの設計・施工、それにかかわるベーシックな技術や知識を学びます。ネットワークシステムを物理的に組んでいく技能・技術を学ぶほか、組んだネットワークにどういうデータをどれくらい流せるかなど、ネットワーク管理が、一番大事な部分になります」

―全国的に“自動車科”の人気がそれほど高くないと聞いています
「外国人からは一番人気です。ただ、日本人にはあまり人気がないので、定員が充足しません。どうしてなのか考えています。やはり車の魅力の問題でしょう。車好きが増えてくれば生徒も増えると思います。人気がないとはいっても、入ってくる生徒は自動車が好きで入ってきます。卒業後の進路希望を聞くともっと学んで『1級整備士の資格を取りたい。高校では3級までしか取れないので、専門学校に行きます』という生徒がいます。その先は『大手自動車メーカーに入りたい』という話をしています。やはり大手に行きたいのだと思いました。良いことではありますが、自動車整備業界の待遇の改善も望まれます」

◆誘引へ企業がもっとコマーシャルを

―せっかく、工業高校で機械などを学び、面白さがわかったのだから、進学でも、就職でもよいので、設計者やエンジニアなど、学んだ分野に関連のあるところで働いてほしいと思いますが、実際には違う仕事を選ぶケースも少なくないようで、もったいないと思います
「人をどうやって育てるのか。そこに戻ってきます。現在、工業高校で学ぶ日本人は25万人ほどいます。その進路は、就職が40%ほど。相当な数の企業があるので、人材の奪い合いになります。必ずしも、ものづくり系に進む人材ばかりではありません。そこをどのように誘引していくのか、『当社に来て』とやっていくには、企業がもっとコマーシャルしなければいけないはずです。デュアルシステムを活用して、企業も人を見られるようにすればよいです。研修の場を提供して『いずれはうちに来て』という形でやらなければ、優秀な人材を集めることは難しいでしょう」

―教育する側として進学、就職どちらを重視するというのはありますか
「あまりこだわりません。出口はどちらでもよいです。ただ、中身の部分として、しっかりとものづくり企業を体験させて教えなければ駄目だということです。ものを作って働くことを体験・理解してもらう中で、本人が最終的に進路を選択するのであれば就職であっても、進学であっても構いません。ただ、それができていません。今の教育は一つの価値基準になりがちです。小・中学校の時の成績によって『こういうところしか行くところがないのだよ』と進路を決められたら、可哀そうではないですか。そういう生徒であっても当校では育てて、伸びしろを伸ばして、自分の才能に気づかせて、ものづくり企業に就職させることができます。それを日本全国の工業高校でやっているはずです。しかし、その大元が変われば、もっとものづくり系企業に行きたい、自分はそれで身を立てたいという子どもたちが増えていく可能性があります」

日刊自動車新聞2018年(平成30年)10月24日号より