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自動車業界トピックス

経産省の産業構造審議会、炭素中立型社会の実現へ競争政策上の論点

民間の大胆な投資促進する政策を検討

炭素中立型社会の実現には、官民連携での大規模投資や、制度改革、人材育成などに対する産業・企業レベルでの大改造が必要とみられる。経済産業省の産業構造審議会では、こうした検討を進めていく具体的な施策の一つに「脱炭素のために必要な革新的イノベーション・産業構造転換を促す制度環境のあり方」を掲げている。同省では2022年3月から「グリーン社会の実現に向けた競争政策研究会」を開催し、炭素中立型社会の実現に向けた取り組みを後押しする上での競争政策上の論点について、幅広く知見を集めて整理し、委員による議論を踏まえ、それを共有することを目的に同研究会を進めてきた。

炭素中立型社会の実現に向けた取り組みを後押しする競争政策上の論点を検討した

欧州を中心に諸外国では、気候変動対策などサステイナビリティーに配慮した企業の取り組みを競争政策上、どのように考慮すべきかについて活発な議論が行われている。日本においても2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の実現に向けた取り組みを進めていく上で、これを後押しするための競争政策上の方策が重要な論点であることは間違いない。

例えば、イノベーションを不当に抑制しようとする企業間の合意などに対しては厳正に対処していく。この一方で、複数の企業が共同で行う自律的な取り組みで、炭素中立の産業構造への転換につながるような取り組みに対しては強く支援していくべきと考えられる。

こうしたことから経産省は、日本としてグリーン社会の実現に向けた取り組みを後押しする上での競争政策上の論点について、広く知見を集めて整理し、それを共有するために同研究会を立ち上げ、今年3月の第1回会合から計5回にわたって議論を重ねてきた。こうした論点を検討するに当たっては、サステイナビリティーと競争政策の検討に着手している海外の事例などが参考になるとして、同研究会では海外有識者らのヒアリングを実施し、これを踏まえて委員による幅広い意見・議論の内容を報告書としてまとめている。産業革命以来の化石燃料を中心とした経済・社会、産業構造をグリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革となるGX(グリーントランスフォーメーション)を実行していく上で、日本の競争政策の検討においても同研究会での知見を踏まえ、さらに検討が深められることを期待している。

炭素中立型社会の実現に向けた官民連携での大規模投資や制度改革、人材育成などに対する産業レベル・企業レベルでの大改造では、「GX起点の新産業創造」などに向けた民間の大胆な投資を促すための政策を検討していく。また、「炭素中立・高付加価値型産業構造」の実現に向けた経営改革を促す政策や脱炭素のために必要な革新的イノベーション・産業構造転換を促す制度環境のあり方などを進める。さらにはエネルギー転換を効率的に進めるための産業立地政策のあり方といった政策の検討も必要とみている。

革新的なイノベーションの創出・産業構造転換には、企業が連携して脱炭素化に取り組むことも想定されるが、共同行為や企業結合といった取り組みは競争法の規制対象となり得る。こうしたことから炭素中立に向けたイノベーションを不当に抑制しようとする企業間の合意については、厳正に対処して是正を図る必要がある。半面、脱炭素化に大きく資する生産設備の集約やサプライチェーンの脱炭素化に向けた企業間の大規模な合意のような複数企業が共同で行う自律的な取り組みで、炭素中立の産業構造への転換につながるような取り組みについては強く後押しすべきとしている。

報告書は国内外の有識者からヒアリングを行い、これに基づいた委員による議論、意見交換を踏また上で各委員の意見をまとめている。

電力中央研究所・社会経済研究所研究推進マネージャー上席研究員である上野貴弘委員は、50年にカーボンニュートラル達成という期限が切られている中、現時点での技術水準を考えると、経済的に受容可能な範囲の環境規制だけでは取り除ききれない市場の失敗が存在すると指摘。この失敗の対応策として、脱炭素化のコストを下げるためのイノベーションや脱炭素化に資する割高な新技術・製品の初期需要の創造、これらを支えるインフラ整備などを加速させる必要があり、その際、企業間連携は一定の役割を果たし得るとした。また、素材産業やエネルギー産業などの「削減困難部門」では、投資の負担が重すぎることや投資回収のリードタイムが長期にわたることから、一社では負担しきれず、企業間連携が必要となる可能性があるなどとした。

東京大学副学長で同大学大学院経済学研究科教授の大橋弘委員(座長)は、GXの達成には産業構造を相当程度転換するイノベーションや取り組みが必要といった共通認識はできており、例えば研究開発で波及効果が大きいものや不確実性が極めて大きくて単独では行われにくいものも、共同であれば行われる可能性が出てくるとみる。

京都大学大学院法学研究科教授の川濵昇委員は、競争法の直接の目的は競争の最適化であり、欧州の議論は競争政策と環境規制の考え方にズレがあると指摘。消費者にかかる負荷が競争の低下した結果か、環境規制の結果なのかの区別であって、環境規制論の中で考えられていないのではないかなどとした。

森・濱田松本法律事務所弁護士の高宮雄介委員は、具体的に日本の企業が脱炭素化に向けてどのような取り組みをし、そのために何がボトルネックになるのかなどを踏まえた議論ができると望ましいとした。企業間連携などについては、私的独占や不公正な取引方法といった単独行為の観点、他の競争に与える企業の行動に関する規律などについても議論すべき点があるなどとした。

東京八丁堀法律事務所弁護士の野田学委員は、独禁法上のリスクがあることで脱炭素化に向けた共同の取り組みを躊躇(ちゅうちょ)する可能性があることは良くないと指摘。現行の枠組みの中でも、企業連携の取り組みが必ずしも独禁法によって阻害されるものではないということを企業の側にきちんと周知していく努力が必要とした。

名古屋大学大学院法学研究科教授の林秀弥委員は、日本でもGX推進のための業界横断的なコンソーシアムが作られてきているが、総論的な協力の枠組みにとどまっており、各論で踏み込んだ議論に至っていない。この一因が仮に独禁法上の懸念にあるなら、不用意、過度に独禁法を恐れないよう積極的な支援に努めるべきとした。

※日刊自動車新聞2022年(令和4年)11月7日号より