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自動車業界トピックス

EVは黎明期から戦国時代へ 新興勢力を迎え撃つ既存の自動車メーカー

新たな覇権争いの行方は

 電気自動車(EV)市場が、中国、欧州、北米で急ピッチで拡大してきた。存在感を増しているのが米国のテスラや中国の比亜迪(BYD)などのEV専業の新興勢力だ。特に中国の蔚来汽車(NIO)、米国のルシッド・モータースといったスタートアップ企業も成長が見込まれている。新興勢に攻め込まれた形の伝統的な自動車メーカーでは、ホンダがIT大手のソニーグループ、メルセデス・ベンツが米国EVベンチャーのリビアン・オートモーティブと手を結ぶなど、外部の手も借りて立て直そうとしている。今後も業界再編が進む見通しで、EVは黎明期から戦国時代に突入する。

世界市場を席巻

昨年12月、日本自動車工業会が早稲田大学で実施した「大学キャンパス出張授業2022」。日産自動車の内田誠社長・最高経営責任者(CEO)は、EVで事業を拡大しているテスラやBYDについての感想を学生から問われると「テスラからは学ぶべきことは多い。まず発想が異なる。それがヒットにつながっているのでは」と、急成長を警戒している姿勢を示した。

テスラがEVベンチャー企業として創業した当時、気に掛ける自動車メーカーはほぼ皆無だった。そのテスラの2022年の年間販売台数は約120万台の見通しで過去最高を更新し、すでにスバルの世界販売台数を軽く抜く規模にまで成長。業績面でも過去最高益を続ける。EVとプラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数がテスラを抜いて世界トップとなった中国のBYDは22年3月、内燃機関車の生産から撤退した。EVに経営資源を集中することで、EV市場の攻略にまい進する。

BYDをはじめとする中国系EVメーカーが脅威なのは、母国市場だけでなく、低価格を武器にグローバル展開を急加速しているためだ。BYDは23年に日本に加え、英国やフランスの市場に参入する予定だ。小鵬汽車(シャオペン)も23年にノルウェーやオランダなど、EV販売比率の高い欧州市場に参入する。NIOは先行して、22年にドイツやスウェーデンなど欧州4カ国で、バッテリー交換を含むEVのリース販売を開始している。

新興勢力が存在感を打ち出しているのは、EV販売比率の高い欧州市場だけではない。ビンファストは22年11月、ベトナムで生産したEVの米国市場向け輸出を開始した。高級EVを手がける米国のルシッド・モータースは、サウジアラビアに生産拠点を新設する。中国の吉利汽車(ジーリー)は、子会社を通じて高級EVブランド「ジーカー」を北米市場で展開するなど、グローバル展開を急ピッチで進めている。

日本の自動車メーカーが高いシェアを持つ東南アジア諸国連合(ASEAN)を含むアジアでも新興企業が戦略を加速させている。中国市場で価格が60万円程度の超低価格小型EVの販売を伸ばしている上海通用五菱汽車は22年8月、インドネシア市場に参入した。中国の奇瑞汽車も同じくインドネシアに工場を新設し、23年にEVを市場投入する計画だ。

低価格EVを武器に攻勢をかける中国系自動車メーカーに対して、既存の自動車メーカーの中で低価格を強みとするスズキの鈴木俊宏社長は「中国メーカーのEVの価格は安くて、非常に脅威に感じている。ただ、安い人件費や政府の補助金を背景に世界で戦おうとしており、インドやASEANでも同じ価格に設定できるかは疑問」と冷静だ。

既存メーカーも追撃。一方で難しさも露呈

新興勢力の台頭に、既存の自動車メーカーも「指をくわえて見ている状況ではない」(自動車メーカー首脳)。インドのタタ自動車は価格を抑えた新型EV「ティアゴ」を1月からアジア各市場に投入する。テスラや現代自動車もアジアで、EVの開発・生産体制を拡充する方針を打ち出している。ガソリン車ではASEAN市場で高いシェアを持つトヨタ自動車は、タイに将来の現地生産も想定してEV「bZ4X」を投入した。タイで人気のピックアップトラックタイプのEVの現地生産も検討している。

ゼネラル・モーターズ(GM)は、大型ボディーが好まれる米国市場に対応して大型EVを相次いで投入し、まず母国市場でEVシェアトップのテスラを追撃する姿勢を鮮明にしている。フォルクスワーゲン(VW)は、EV専用プラットフォーム「MEB」を活用して、新型EVを矢継ぎ早に投入、中国、欧米市場で巻き返しを図っている。しかし、急激なEVシフトによる雇用削減の懸念から、従業員が反発したことなどからCEOが交代した。内燃機関を中心とする自動車メーカーがEV時代に適した体制にシフトする難しさを露呈した。

EVシフトは、既存の自動車メーカーのアライアンスにも大きな影響を及ぼしている。日産はアライアンスを組むルノー、三菱自動車とEV戦略を推進してきたが、欧州市場のEV対応を迫られたルノーがEV事業を分社化する事業構造改革を決定した。ルノーは日産にもEV新会社に出資するよう要請しており、アライアンスの枠組みを見直す動きにまで発展している。

異業種も巻き込んで

ホンダはGMからEVをOEM(相手先ブランドによる生産)車として供給を受ける計画だが、それとは別に、異業種であるソニーとEVを生産・販売する合弁会社を発足した。自動車メーカーだけでは想定できないサービスを採り入れたEVを25年に市場投入する計画だ。

メルセデス・ベンツも、新興の力を生かしてEV関連事業を強化するため、22年9月に商用車部門が米EVメーカーのリビアンと電動大型バンを東欧で生産する工場を、5年以内に新設することで合意した。ただ、12月に入ってから、リビアンがEV事業の立て直しを優先するため、合弁工場を新設する計画を一時取り止め、メルセデス・ベンツの既存の工場を活用して共同運営する計画に内容を変更している。

今後の台風の目となりそうなのが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業だ。EV専用プラットフォームを開発し、これを活用したEVを23年後半に市場投入するのに加え、EV専用プラットフォームを活用したEVの受託生産事業の展開を視野に入れる。すでに米国やタイで現地生産体制を整えている。そしてホンハイと関係が深く、EV市場参入に向けた準備を着々と進めている米アップルの動向も気になる。テックカンパニーの巨人であるアップルのEV市場参入は、ソニーとともに、自動車業界に新たな風を吹き込むことが期待されている。

市場が拡大しているEVをめぐって、中国やベトナム、米国の新興勢力やIT大手、そして既存の自動車メーカーが入り乱れての戦いがグローバルで繰り広げられている。ホンダの創業者である故本田宗一郎氏は、かつて米国の環境規制強化で開発競争が激化していたのを受けて「『戦国時代』に遭遇できたのは恵まれた。最後発のホンダが飛躍するきっかけになった」と語った。EVという新しい市場の覇権をめぐる争いの戦端の幕は切って落とされた。

※日刊自動車新聞2023年(令和5年)1月1日号より