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よくわかる自動車業界

なぜ自動車メーカーは順法意識が低いのか 共通するのは現場の”諦め”

自動車メーカーによる品質などの不正の発覚が止まらない。足元では、トヨタ自動車グループの日野自動車、ダイハツ工業、そしてトヨタの源流企業である豊田自動織機でも不正が発覚した。相次ぐ不正の原因はさまざまだが、多くが組織的な不正というより、問題を抱えた現場が周囲から助けられることなく放置され、困った挙句に不正に手を染めたというのが実態。その背景にあるのが「成長」に向けたプレッシャーだ。コンプライアンスを順守しながら、どう身の丈に合わせた成長につなげていくのかが問われている。

自動車メーカーの品質に関する不正は1990年代から断続的に発覚している。97年に富士重工業(現スバル)のリコール隠しが発覚し、運輸省(現国土交通省)が国内全自動車メーカーに同様の事例がないか点検して報告することを求めた。この時「問題なし」と報告していた三菱自動車が2000年にリコール隠しを行っていたことが発覚した。その後の調査などで三菱自の不正は、分社化した三菱ふそうトラック・バスを含めて長年にわたって大規模に繰り返されてきたことが明らかになっている。

16年には、再び三菱自が実際の燃費や排ガスの数値より良くなるように社内試験で不正な操作をしていたことが発覚した。同じ年にスズキも不正な方法で燃費を測定していたことを発表したが、こちらは意図的に燃費を良くしようとした訳でなく、開発の手間とコストを惜しんだ結果だった。

翌17年には日産自動車で、完成検査の無資格者が車両の完成検査を行っていたことが発覚し、その後の調査でスバルでも同様の不正が見つかった。18年にはスズキ、マツダ、ヤマハ発動機でも完成検査の不正が判明した。

自動車メーカーで不正が発覚すると、国交省が他の自動車メーカーに一斉に点検するよう求めた結果、新たな企業で不正が発覚するケースもあるが、「適正」と虚偽報告して後から不正が明るみに出るケースも少なくない。国交省の自動車メーカーに対する総点検の指示は本来、組織的に不正している場合を除いて内部告発する最大の機会になるはずだが、実態としてこうした機会は生かされていない。

その理由として考えられるのが不正の原因にもなっている「困っていることがあって上に相談しても無駄」という現場の諦めだ。直近で不正が発覚したトヨタグループ3社の不正に関する調査の結果でも共通する。

日野の特別調査委員会がまとめた不正に関する調査報告書には「担当者が課題を部に持ち帰っても室長や部長、担当役員が課題を解決するための頼れる相談相手になっておらず、担当者は孤軍奮闘を強いられ課題を丸投げされ、次第に追い込まれていった」と不正に走った理由が記されている。ダイハツの不正に関する第三者委員会による調査結果でも「管理職にスケジュール遅れの報告や相談しても抱える問題の解決ができない結果、現場担当者レベルで問題を抱え込まざるを得ない」と指摘されている。

現場の声を重視しながら、競争力の高い技術を開発して効率的に生産することが求められる

共通するのは、それほど根拠がある訳でもないにも関わらず経営陣や管理職が一度決めたスケジュールを絶対視して、これを守るために担当者は問題を抱え込み、最終的に不正に手を染めるしかなくなっている。競争力の高い技術を開発するため、高い目標が設定されると開発スケジュールは遅れがちになる。開発プロセスの後半である認証部門や試験部門にそのしわ寄せがくる。目標通りの数値にならなくて設計の見直しやテストのやり直しを要請した場合、新車の発売スケジュールが遅延する。スケジュールを守るため、虚偽データの使用や不正な方法で試験することになる。

エンジニア出身のある自動車メーカーの役員から「実際の開発現場にいると(不正な方法を)やってみようかという考えが頭をよぎったことは何度もある」と聞いたことがあるが、これが現場の本音だろう。

自動車メーカーの社員が他社の不正を見ても「他山の石」としないのは、自動車の認証制度があいまいな点も無視できない問題だ。日野は、エンジンの排出ガスと燃費データを改ざんしていた不正の発覚後、このエンジンを搭載する車両の国内向けの出荷を一時停止したが、輸出モデルは生産を継続していた。海外市場と日本は認証制度が異なり、問題ないためだ。

ダイハツは、車両の安全性に関する認証試験で174件の不正があったことが判明したとして昨年12月20日に国内外で生産している全車両の出荷を停止した。しかし、ダイハツは車両の「安全性に問題ないことを社内調査で確認している」として、不正のあった車両を乗り続けても問題ないとの見解を示した。国交省もダイハツに対して基準に適合することを確認した車両から順次、出荷停止を解除しているが、不正な方法で認証を取得した車両でも特段の対策が講じられている訳ではない。型式指定取り消しとなる見込みの「ダイハツ・マックス」「トヨタ・タウンエース」など3車種を除いて、ほとんどの車両が対策なしに生産・出荷が再開されるとみられる。

燃費や排ガスのデータの改ざんは詐欺的行為で、大きな問題だ。ただ、安全に関する認証試験で不正が判明した多くの車両がその後の検査で安全性の基準を満たしているとなると、エンジニアが認証制度を軽視することになりかねない。

自動車の認証制度である型式指定制度は、保安基準の適合性や均一性などについて国の審査を受けてパスした車両に型式が指定され、現車の提示が省略される。国は型式指定の申請があった車両を審査するものの、制度の根幹は自動車メーカーが提示した試験データを信用する「性善説」をとっている。ここに不正の芽が生まれる土壌があると指摘する声もある。

国交省は三菱自の燃費不正が発覚した後、17年に型式指定制度を改正した。不正が発覚した場合、型式指定を取り消せるようにし、立ち入り検査などで虚偽報告した場合、30万円以下だった法人への罰金を2億円に引き上げた。それでも自動車メーカーは公正に申請するという性善説の原則に立った制度は維持したままだ。

国内の乗用車メーカーグループで、認証試験などでの不正が判明していないのは唯一ホンダだけ。三部敏宏社長は「ホンダでは測定器などの認証試験で使用する設備を、開発部門、認証部門それぞれが保有しており、数値などを誤魔化せない仕組みになっている」と説明する。つまり社内では「性悪説」をとって現場が不正できないように徹底しているという。さらに「開発スケジュールに遅れが出た場合は発売日を遅らせるように柔軟に対応している」という。

電動化や自動運転・先進運転支援システム(ADAS)など、自動車技術は急速に進化している。加えて、中国などの新興自動車メーカーが電気自動車(EV)を軸に事業を拡大しており、競争が激化する。こうした中、伝統的な自動車メーカーは競争力の高い車両を効率的に開発・生産して市場投入していかなければ生き残れない。だからといって成長するために分不相応な事業計画を打ち出せば、一部に過度な負担がかかって不正につながる可能性は否定できない。

自動車メーカーは規模や組織体制を含めて身の丈に合わせた戦略を策定し、現場の声を重視しながら、競争力の高い技術を開発して効率的に生産することが求められる。現場の実力を見極めつつ、成長戦略とどうバランスさせるかが肝要だ。

(編集委員 野元 政宏)

※日刊自動車新聞2024年(令和6年)2月19日号より